文化

韓国に虎はいるのか?

以前に「非武装地帯(DMZ)の中にはトラが生息している」という噂を聞いたことがあり、目撃談を調べてみました。

今回は viper의 자연사박불관(viperの自然史博物館)というブログを参照しながらご紹介します。

朝鮮半島のトラ

本記事では日本での一般的な呼称に従い朝鮮半島・北朝鮮・朝鮮戦争と表記します。

「韓国にトラなんているの!?」と思われる方もいるかもしれませんが、少なくとも1900年代前半まで朝鮮半島全土に生息していた事は確か한국 호랑이ハングク ホランイ(韓国トラ)と呼ばれています。

朝鮮半島に住むトラはアムールトラといって、体長は全長2.5m〜3mにもなるトラの中でも大型の亜種で、かつては中国満州や朝鮮半島、シベリアやモンゴルに広く分布していましたが、生息環境の破壊や、毛皮を狙った狩猟で数が激減し、現在は500頭程度がロシア東部の沿海地域、中国東北部から北朝鮮の白頭山周辺に生息していると言われています。

16世紀後半に日本の戦国武将・加藤清正が文禄の役・慶長の役(朝鮮出兵)をおこなった際にトラを退治したという逸話が残っています。

また、近代に入り、狩猟の道具が弓矢から銃に替わったことで日本やヨーロッパに輸出する毛皮目的の狩猟は進み、更に、日本統治時代の日本人による害獣駆除事業でツキノワグマ、オオカミ、ヒョウなどとともに駆除の対象となり、1950年に勃発した朝鮮戦争でほぼ絶滅したと見られています。

聯合ニュースWEBサイトより引用。

しかし、21世紀に入っても韓国各地でトラの目撃談が相次いでいます。

目撃談

ここからはブログに書かれていた情報を翻訳しながら目撃談を年代ごとに紹介していきます。

なお赤色でを付けたものは現在北朝鮮の領域に含まれる地域の目撃談です。

1900〜1920年代

1908年:全羅南道にある佛甲プルガプ山で雌のトラを捕獲(剥製として全羅南道木浦モクポ市の儒達ユダル初等学校に現存)。

1911年:全羅南道靈光ヨングァン郡で1頭捕獲。

1918年:江原道にある加里カリ山で1頭捕獲。

1920年代

1922年:慶尚北道にある大徳テドク山で雄のトラ1頭を捕獲。

1924年:全羅南道で6頭捕獲。

1924年:慶尚南道の山清サンチョン郡で2頭捕獲記録。

1930年代

1930年:平安北道雲山ウンサン北鎮面プクチンミョンで1頭捕獲。

1935年:咸鏡北道茂山ムサン郡で1頭捕獲。


1940年代

1944年:全羅南道の智異チリ山で1頭以上捕獲。

1948年:平安北道の楚山チョサン郡(現在の慈江道楚山チョサン郡)で1頭捕獲。

1950年代

1952年:咸鏡北道茂山ムサン三長面農事里サムジャンミョン ノンサリで1頭捕獲。

1953年:智異チリ山でパルチザン(反乱軍)と誤認されたトラが国軍将兵により捕獲されたとの情報。

1960年代

初頭:慶尚北道青松チョンソン郡で1頭捕獲との情報あり。

1961年:全羅南道光州クァンジュ林谷面光山里イムゴクミョン クァンサンニ(現在の光州クァンジュ広域市光山クァンジュ区)で住民が市場で買った子猫が育ったらトラになったと主張(自然死したものと見られる)。

1962年:とある外国人が智異チリ山に子供のトラのつがいを放ったと言われている。

1964年11月:慈江道慈城チャソン郡で1頭捕獲。

1965年10月:咸鏡南道赴戰プジョン如雲里ヨウンニの民家から1km離れたトウモロコシ畑で雄のトラ1頭の死骸が発見される。

1970年代

1970年:江原道にある雪嶽ソラク山の最高峰である大靑峯テチョンボンで冬に山荘の主人と訓練中だった軍兵20名余りがトラを目撃。

1979年:東部戦線の民間統制エリアで歩兵たちがトラを目撃したと証言。

1980年代

1981年:咸鏡南道雲興ウヌン郡で子供を連れた群れが目撃される。

1987年秋:慶尚南道にある迦智カチ山周辺で目撃されたという証言あり。

1989年:非武装地帯で駐韓米軍兵士がトラの動画を撮影したと主張。

1990年代

1990年前後:江原道にある點鳳山チョムボンから五臺オデ山一体に生息していると推定された。

1990年冬:江原道襄陽ヤンヤン郡でトラのものと思われる足跡が発見される。

1993年:慈江道にある狼林ランニム山脈で3頭捕獲。(そのうち1頭が南北の関係正常化の為に、当時の金正日キム・ジョンイル総書記から韓国に贈られ、ソウル大公園でナンニミ、通称金正日ホランイという名前で2015年に21才で死亡するまで飼育されていました)。

1994年:黄海道にトラが出没したとの情報。

1994年9月:白頭ペクトゥ山でトラの足跡発見と伝えられる。

1996年:環境部がCITES(国際野生動植物取引条約)に韓国内のトラが絶滅したと公式に報告(目撃談はその後もあり)。

1996年:北朝鮮当局は国際野生動物基金に北朝鮮領内に10頭未満が生息していると公式に報告。

1997年9月:ソウルからそう遠くない京畿道坡州パジュ積城面チョクソンミョンにある紺嶽カマク山で草刈りをしていた民間人が50m程遠くに2頭のトラが渓谷を渡っていく姿を30秒以上目撃したと証言。

1998年:全羅南道潭陽タミャン郡で2才の韓国牛がトラに捕食され、調査団が訪れた際には20m移動された状態で腹部だけ残っていたとの証言。

1998年:江原道華川ファチョン郡にある平和のダムでトラのものと見られる足跡が発見される。

1998年:慈江道和坪ファピョン陽溪里ヤンゲリで体長約3.2mのトラが観察記録される。

1998年2月:江原道原州ウォンジュ市で勤務している警察官が友人4名と雉嶽チアク山付近に登山した際に70m前方にトラを目撃したと証言。

1999年:江原道洪川ホンチョン郡で罠にかかったトラ捕獲との噂。

これが本当であればビッグニュースですが、いくら探しても情報が出てこないので恐らく誤報かデマの可能性が高いです。

筆者

2000年代

2000年:咸鏡南道赴戰プジョン如雲里ヨウンニで足跡が発見されたとの情報あり。

2000年:慶尚南道の陜川ハプチョン郡でもトラの足跡発見との情報あり。

2000年:江原道寧越ヨンウォル郡でトラの足跡発見。

2000年:ロシアのトラ専門家が江原道華川ファチョン九龍嶺クリョン二ョン渓谷でトラの生息を確認したとの情報。

2000年9月:慶尚北道金泉キムチョン市で民間人がキノコを採集中にトラを目撃したと証言。

2001年6月:大邸テグのMBCが慶尚北道青松チョンソン郡でトラと見られる動物を撮影。8月にはロシアの専門家による検証で、トラの可能性が高いという検証結果が出た。

MBCニュースサイトより引用。

2002年:江原道でトラに襲撃を受けたと見られる子牛の死骸が発見される。

2006年:北朝鮮当局は白頭ペクトゥ山近隣地域にトラが生息していると公式発表。

2006年1月:江原道洪川ホンチョン郡でトラを見たという人の証言が相次ぐ。

2007年春:江原道平昌ピョンチャン郡でトラの足跡が見つかり、目撃談が相次ぐ。

2007年4月:慶尚北道奉化ポンファ郡でトラに襲われた疑いのある子牛の死骸が発見される。

2008年10月:江原道の韓国側の最北端にある高城コソン郡でトラに襲われた疑いのある猟犬の死骸が発見される。

2009年3月:江原道楊口ヤング郡でトラと見られる大型獣の足跡が発見される。


現在生息が確認されているエリア

現在、朝鮮半島で公式に生息が報告されているのは北朝鮮と中国の国境地域にある白頭ペクトゥ山のみです。中国側にある吉林省では実際にトラ出没の映像もあるので、白頭ペクトゥ山に生息しているというのは信憑性が高いと思います。

また、北朝鮮北部の白頭ペクトゥ山から約1,400km離れた韓国南部の智異チリ山までは白頭大幹ペクトゥデガンと呼ばれる山系で繋がっている為、韓国内で目撃談が集中しているのもこの白頭大幹ペクトゥデガン(下記オレンジ色の太線)の山系周辺に集中しています。

一部では、非武装地帯(DMZ)内の人が立ち入れないエリアにも生息しているという主張もあります。

生存しているのか考察

上記目撃談のうち、剥製や写真・映像などが残っているもの以外のほとんどは南北政府の公式発表ではないので、信憑性や真偽については定かではありません。

まず山間部への生息に関しては可能性は捨てきれませんが、一頭のトラにつき東京都の約半分の敷地が必要で、他の個体には攻撃的な事から、いくら広大な山間部とはいえ、人里に出没したりCCTVや写真・動画に捕捉される事なく、山岳部だけを生息域に出来るのかどうかは疑問が残ります。

また、面積6,400㎡とも言われるDMZも大半は現在でも地雷原になっているので、休戦直後には生息していたとしても、その後、体重350kgにも達する大型獣がそんな環境で無事に繁殖したり、餌を捕まえたりできるのかというと難しい気もします。

ただし、先述の白頭大幹の尾根に非武装地帯を示す鉄柵が途切れている箇所があったとしたら、DMZ内から韓国領内に、もしくは南北双方でトラが移動する可能性は否定できません。

まとめ

韓国にトラは生存しているのか?日本のオオカミと同様、絶滅したと公式な発表があった後にも目撃談や生存説が絶えないのはそれだけ国民の関心が一定数残っているという事だと思います。

現在、ロシアではアムールトラの保護飼育と自然への復帰の取り組みも行われていて、韓国内でもアムールトラを導入するべきだという主張もありますが、現在のところ、管理や住民の安全保面での課題がクリアにならず、実現には至っていません。

同じく害獣駆除で数が激減してしまったツキノワグマは2000年代初頭から韓国南部の智異山に何度か放たれ、個体数が500を超え、大幹で繋がっている離れた地域の山にも生息域を広げています。

いつかは韓国旅行に行ったらトラに気をつけなければならない時代が再来するのでしょうか。

筆者

とはいえ、もし仮に韓国の山間部にトラが生息しているのであれば、誰でもスマホで写真や動画を撮ったり、ドローンを飛ばして調査したりできる時代なので、そう遠くない将来、世界をあっと驚かせるニュースが飛び込んでくるかもしれませんね。

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植竹 智裕

元・世界新聞ライター。旅人(訪問国はアジアを中心に現在31カ国) 韓国歴は2005年の初海外旅行からスタートし、2012年には釜山からソウルまでママチャリで縦断。 オーストラリアでのワーキングホリデー中、田舎町で日本人ただひとり、韓国人に囲まれて生活したおかげあって2019年に韓国語能力検定5級取得。

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